SIB特集後編:ソーシャルインパクトボンド、過去2案件の「失敗」は、次へどう影響するか?

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 刑務所SIB案件の失敗は、次のステップを構築するのにどう役立つか?また、それは日本のSIB熱にどう影響するのか?前編では、より具体的に失敗案件2件について、分析を行い、そこから出てきているポジティブな面に着目します。一方で、後編では、世界中に見られるSIBへの期待と解釈から見られる、ネガティブになりうる面に着目します。

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SIB特集前編:ソーシャルインパクトボンド、過去2案件の「失敗」は、次へどう影響するか?

 

SIB熱を見ていて思い出すのは、民営化PFIの黎明期

 筆者は、奇しくも前編で取り上げた、アメリカSIB第1号ライカー島刑務所の失敗、というニュースを、SIB推進者たちが世界中から集まるカンファレンスに向かう途中に聞くこととなった。2015年7月9日にロンドンで行われた、G8タスクフォースの一つ、Social Impact Investment TaskforceにJapan Delegationの一人として参加することができたからだ。その際に、日本のSIB以外の言論を目の当たりにしながら感じた、「一体SIBって何なんだ!?」の感覚を、素直にここに記していこう。

 結局、前編に記載しているが、アメリカSIB第1号ライカー島刑務所のプロジェクトは、BloombergとGoldman Sachsがイニシアチブをとって始めたが、社会的インパクトをだすことができなかったが故に、NY市は税金を払わなくて済んだ、という形に終わった。投資家たちにとっては「失敗」のプロジェクトなのだが、行政にとっては痛手がなく済んだ、というものだった。それで「よかった」と胸を撫で下ろすのも違う気がする。「そういうもんだったっけ」と、なんだかもやもやする話である。

 ロンドン滞在中に、世界初案件のPeterbourough刑務所案件を取り扱ったSocial Finance UKとの会話を聞きながら、私は過去の自分の経験を思い出していた。以前、とあるシンクタンクで働いてた時のことである。

 その当時日本ではPFI(Private Finacial Initiative)を導入する黎明期にあり、私はいくつかの難題案件や新分野のPFI案件、内閣府や地方省庁のPFIを促進する動きに仕事として携わっていた。その時に、イギリスで数年先に動いていた英国財務省やPFI案件に特化したイギリスのコンサルタントに話を聞きに行ったものだった。当時2006年頃は病院PFI、学校PFIが多かった。イギリスでの先進事例で成功したケースも学校と病院で、これから刑務所PFIもはじめようとしていたが、結局、刑務所PFIは日本でも世界でもあまり拡散しなかったように記憶している。なので2012年にPeterbouroughやRikerが始まった時、SIBが刑務所プロジェクトからスタートしたのを見て、「PFIでは踏み込めなかった部分に、SIBで踏み込んだのかな」という印象を強く受けた。

 実際、現在SIBで行なわれている議論は、当時のイギリスや世界各国のPFI案件の研究の中で行なわれた議論にとても似ている。PFIのテンプレートが作られ、英国などのPFI導入先進国で試された後、他の国に同じテンプレートがローカライズされながら広がっていった。テンプレートの中には、スキームや契約、リスク分担の要素が含まれる。PFIは入札方式なので、SIBとは異なるが、SIBの中にも事業者入札をするものがあり、行政側のスタンスは、ほとんど酷似した仕組みになっているように感じられる。

 

SIBは社会的投資というより「民営化PFIの発展系」?

 本質的にはSIBは、公共事業の開放であったPFIとあまり変わらないような印象を受ける。行政側の意図としては、PFIが始まった時と同じように、公共事業市場の効率化、社会福祉や政策市場の効率化を、民間のビジネス手法を用いて行おうという考え方により近い。行政が自分たちでは負担しきれない、もしくは自分たちでイノベーションを起こすことが難しくなった分野に、公共事業を代わりに負担してくれるNPOや事業者を誘い、そこへの受発注の仕組みを作り、それに対して民間からのお金を投資させる。

 SIBとPFIの共通点は、民間マネーを公共事業の変革に取り込む点である。一部のアメリカのSIBではその投資の呼び水に、財団などのドネーションが投資の保証を一部行うなどすることによって、投資家たちがリスクが大きい案件でも入りやすくなるよう工夫している。

 PFIでは、そのような衝撃吸収できるクッションを用意することができなかったし、参入したのは金融機関による融資のみだったが、SIBは投資に近い形にすることで投資家たちのリターンを大きくし、PFIでは構築できなかったリスクヘッジの構造をいろいろ混ぜ込むことにより、敷居を低くした、という印象だ。

 

「Value for Money」と「Pay for Success」

 もうひとつの特徴は、PFIの「Value for money」と、SIBの「Pay for success」というフィロソフィーの配置だ。PFIでは、「市民の税金を使って、どれだけ安い価格で、より良いサービスを得られるか」が論点となり、Value(価値)に対するMoney(価格)を精査する指標が作られ、それがテンプレート化された。

 結果として何が起こったかというと、毎年毎年、去年からのValue For Moneyを精査されてしまうので価格競争に陥っていき、事業者側が追い詰められてしまい「正直言って苦しいから、もう入札もしたくない」という状況が生まれてしまったという経緯がある。

 PFIは特にハードインフラ(箱物事業と呼ばれるもの)が多かったが、その運営面のソフトインフラの部分はかなりの工夫が必要となる。だが、そこにValue for Moneyの比較が入り始めると、かなり厳しいものも多かったように思われる。それによって、結局PFI案件では箱物事業が多くなり、刑務所運営などのソフトインフラが重要視されるものが難しくなっていった原因なのではないかと、今更ながらだが個人的に思う。

 SIBの場合は、「よい結果が出るイノベーションに対して支払う」という形にすることによって、「より安く」という過激な価格競争に走らせるインセンティブを減じている。「市民の税金を使って」というプレッシャーが、行政側に「より安く」を過剰に意識させていたのだが、今度は「結果が出るまで、市民の税金は使われない」という形にすることによって、「より安く」のプレッシャーを減らし、むしろイノベーションや質を模索する方向に、お金が使われるように設計されたように見える。

 

SIBは公共事業の金融商品化へつながるか?

 PFIはあくまでサービスを購入し、Value for Moneyを毎年監査していくが、Pay for successは成功したら支払う、という仕組みである。投資家はBondを購入するので、純粋な株式投資よりもリスクの点では融資に近いのだが、社会的インパクトが一定に達しないかぎり(Successが無い限り)行政から「Pay」されない。そのため、一定のコミットメントを要求される、という立場に身を置く。

 ただ結果がでないケース、つまり最初に決めたKPIに到達するような社会的インパクトが出せなかった場合というのは、SIBが立ち上がった時にはあまり心配されなかったのではないか、と思う。今回は2件ともそれが実際に起きてしまったのだが、Peterbouroughの案件とRikerの案件においては、投資家の損失分を、フィランソロピーマネーである財団が小切手を切って投資家に支払った、ということになる。(そのような構造になっていないSIBも存在するので、一概にSIBはすべてそうだとは言い難いので、留意が必要。)

 つまり、ここにおける投資家の位置付けは、ある点ではリスクテイクをしているように見えるが、ある点ではリスクヘッジができる形になっており、最終的に投資家の立場が守られる形となっていることが明らかになった。

 さらに、イギリスでSocial Impact Investment Taskforce に参加している間に小耳に挟んだのは、このボンドが一般市場にも流通するボンドになる可能性だ。スタンダード&プアーズによる格付けなどが行われるようになる可能性が示唆されていた。これも全て、PFIの時に起こったことと同じ流れである。PFIの際に起こったことと言うのは、金融機関が公共事業に入ってくることによって、金融機関のリスクヘッジを行うための様々なスキームが作られ、格付けが行われるのも、金融機関が最終的に「売れるボンド」であるようにしたかったからだ。リスクを最終的に移転できるように。

 私が今回感じたことは、SIBの失敗によってSIBの隠れていた側面が強く見えた。それは「SIBの本質」だったと言えるかもしれない。それは、公共事業に入ってくる金融機関への「リスクヘッジ」という部分であり、もしかしたらSIBもPFIと同じように金融商品化してしまうのだろうか、と考えているが、それは考えすぎではないと思う。

 

SIBは本当にテンプレート化していいのか?

 世界中でデータベースが共有化され、テンプレート化されていく流れについて、世界的な会議の場では誰も疑問視しなかった。だが話を一つ一つ聞いてみると、1件1件のSIBはテンプレート化などではとても拾いきれないような、個々の特殊な社会的事情を取り扱っている。それらをテンプレート化することのインセンティブとは何かを考えると、はっきりとわかるのは、テンプレート化の流れは社会的なインパクトを強めるためにあるのではなく、投資側のリスクを減らしたり、評価やデューデリジェンスのコストを下げるために行われているように見えるということだ。つまり、金融機関側からのプレッシャーによるところが多いように見受けられる。

 例えば、現在日本の第1号案件になろうとしているSIBは、横須賀市の1年間のパイロット事業となるが、こちらの養子縁組のケースにおいて、日本の特殊な事情やステークホルダーたちの関係性は非常に奥が深い。(詳しくはBOOSTARが取り上げている記事があるので、こちらを見ていただきたい。)だが、この案件における社会的インパクトを出していくためには、この奥が深く、長年様々なステークホルダーが取り組んできた内容を、一つ一つ丁寧に仕上げていかなければならない。これらをテンプレート化できるとは、到底思えない内容だ。

 おそらく、PeterbouroughとRikerの刑務所についても同じく深い内容があったはずだ。もしかしたらKPIをReconviction(出所した人が戻ってきてしまう率)に設定すること自体が、適切だったのかどうかも定かではない。これを「刑務所SIBのテンプレート」として広めていくこと自体が、事業の質の向上のパイロットにはならないし、事業者たちの学びにもならない。

 そもそも、もしこれが「社会的な事業をすすめようとする人たちへの投資」なのだとしたら、「テンプレート化」することなどが話題に本当に上がるべきなのだろうか?テンプレートはイノベーションとはほど遠く、まさに真逆の発想に位置することにだってなってしまうのではないか?契約書のテンプレートは存在しても構わないと思うが、そこには相当のカスタマイズが必要となるはずだ。結局、本当にきちんとやろうとすると、コストはそれなりにかかってしまうだろう。

 

現在のSIB議論には「起業家・事業家」側からの視点が不足している

 SIBの議論を、インパクト投資のひとつとして捉えようとすると、他のインパクト投資のストーリーとなぜか異なるものが多々あることに気づく。それは「事業モデルをどうイノベーションするか」ということや、「そういう事業にブレークスルーを見出す起業家をどう育てるか」という点だ。あくまで、これは受発注の観点が強く、事業を行う起業家への投資とは全く異なるマインドセットが働いていることに注意しなくてはならない。

 もし本当に、社会の仕組みを変えるイノベーションを起こすような起業家や事業家たちに、投資を行い、ブレークスルーを見つけ出して欲しいのであれば、以下のようなことが議論されているはずだ。

 3年というトライアル期間は短すぎる。もともと社会の仕組みを変えるイノベーションに関しては、3年で事業が確立できるようなものが少ないからこそ、イノベーターが少なかった領域である。もっと長期的な投資でなければ意味がないのではないか?

 だが実際は3年で結果がでなかったら打ち切りになってしまっている。本当にそのイノベーターのやり方や事業手法を信じていて投資するのであれば、イノベーターとなる事業者や起業家を信じていることが重要だ。彼らが失敗し成長する余白をきちんと残し、可能性を信じるような投資になるはずだ。だが、現状では結果がでなかった事業者は取り替えがきくような構造になっている。

 イノベーターを育てる側の話が一切語られていない。いきなり公共事業市場を開放して、投資をする、と話をしても、そもそもそういうブレークスルーをもたらすことができるような事業者自体が育っていないのが実情だ。それではいくらテンプレートやKPIを設定しても、失敗してしまう可能性もある。特に、他の国ではこのイノベーターを育てる話がでてきていたし、実際にイノベーターを育てる動きが始まっていたが、日本のSIBではまだ出てきていない。

 

日本のSIB、ネガティブ面・ポジティブ面を両方評価しよう

 前編ではSIBが行政変革の側面にもたらしてくれるポジティブな面を評価した。後編では、SIBが陥りそうな状況を考えた際に、質ではなく金融商品、事業者でなく投資家側が重視された設計になってしまうのではないか、という点を指摘した。どちらかに限定するのではなく、両方の可能性を平等に評価していくべきであると思う。そうでないと片手落ちの議論になってしまうだろう。また、他にもこれから論点は多々でてきそうだ。

 この夏以降に起こるSIB案件について議論を始める前に、少しでもその両方の側面を知っておくきっかけになっただけでも、今回の刑務所案件の失敗は意味が大きかったと言えるだろう。イギリスやカナダではもうSIBはあまり話題にもなってないらしいが、日本ではまだこれからであり、後発国であるがゆえに学べるものが多々あるはずで、それらを議論し、一つ一つの案件に学びとして吸収していける土壌ができれば素晴らしいと思う。 

 (完)

前編はこちらから!
>>SIB特集:【前編】ソーシャルインパクトボンド、過去2案件の「失敗」は、次へどう影響するか?

この記事の執筆者

槌屋 詩野Impact HUB Tokyo共同創業者Twitter:@shinokko
2012年よりインパクトを作り出す人たちの拠点「Impact HUB Tokyo」を設立。2013年より起業家育成プログラムを設計、海外のプログラムのローカライゼーション・アドバイザー、企業の社内起業家育成スキームの設計、また、企業ベンチャーフィランソロピー分野で投資アドバイザーとして活動。

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