SIB特集前編:ソーシャルインパクトボンド、過去2案件の「失敗」は、次へどう影響するか?

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刑務所SIB案件の失敗は、次のステップを構築するのにどう役立つか?また、それは日本でのSIBの盛り上がりにどう影響するのか?前編では、より具体的に失敗案件2件について分析し、そこから現れてきたポジティブな影響に着目し取り上げます。また後編では、世界中で見られるSIBへの期待とその解釈から考えられるネガティブになりうる点をフューチャーしていきます。

 

イギリスでのSIB第一号案件は「失敗」か?

 日本でも鳴り物入りで大々的に始まりつつあり、その期待が高まっているSIB(Social Impact Bond:ソーシャル・インパクト・ボンド、以下SIB)だが、3年前に第一号としてSIBを始めたイギリスでは去年から「これは失敗か?」という声が囁かれているが、その点については日本ではあまり話題になっていないので、ここできちんと取り上げたい。これは1年前の記事であるが、SIBの第1号であるPeterbourough刑務所の案件について、2014年の時点での評価が書かれている。

(PeterbouroughのSIBの案件については、よく知らないという方は、先日Impact HUB Tokyoと社会的インパクト投資を取材したBOOSTARの記事が初心者向けにもよくまとまっているので見ていただきたい。)

 

結局、今の調子でいくと2014年時点でもお金が戻ってくることはなかった

 これによると、「刑務所から出所した人が再び刑務所に戻ってくる」ことをReconvictionというようだが、それがインパクト評価のKPIとして使われていたようだ。もともと、Reconvictionの率が140%という刑務所なので、結局多くの出所者が1回以上帰ってきている、または、一定のグループが2−3回戻ってきてしまっている、ということだ。それを10%減らす、つまり130%へ減らすというものをインパクトとして捉え、そのKPIに基づいて3年のパイロットが行われた。このインパクトのKPIに達成したら、それがトリガーとなって、行政側が支払いを行い、その収益が投資家には投資回収という形になる、という仕組みなのだが、結局、今の調子でいくと2014年時点でもお金が戻ってくることはなかった。

 

この「失敗」は、キャピタリズムの投資家にとっては「失敗」だ

 それを「Failure:失敗」と捉えるべきかどうかが問題となっている。通常の、キャピタリズムからくる投資家の目線から言えば、「失敗」と決めつけられるのだろう。リターンが出なかったのだから。 

 さらにいうと、このパイロットプロジェクトは、一定の出所者グループを対象に行われており、3つのグループを順々に実施していく予定だった。だが、結局2014年の時点で、2つ目のグループでこのパイロットを停止するに至り、3つ目のグループには実施しないことになった。

 Peterbouroughの案件を作ってきたコンサルティング会社であるSocial Fianance UKはこの事態に対して、「2016年には投資家に元本は返されると見込んでおり、さらに追加的なリターンも投資家には戻ってくるはずである。だが、それがいくらになるかはわからない」と答えている。 

 

「失敗」の分析はいまだ未整理なまま、進む次期案件

 この件について、一昨日ロンドンでSocial FInance UKの人たちと話すことがあったので話を聞いてみた。彼らとしてはUK以外にブラジルなどでも、Peterbouroughと全く同じような刑務所の案件のSIBを案件成立させようとしている。(彼らは、こういうSIBを実施したい政府と協働するコンサルタントなので、UKだけの案件を扱うわけではない。アメリカにはSocial Finance USを立ち上げ、各国にブランチを持つ強力なコンサルタンシーファームとして成長しつつある。一つのSIBコンサル業界が出来上がりつつあるのも、面白い特徴だ。)

 だが、Peterbouroughの失敗に関する分析はまだできておらず、どのようなスキームや契約を変化させなければならないか、という分析や方向性はまだ完了していないとのことだった。個人的には、「え、まだ分析おわってないの?」とちょっとびっくりした。というのも、もうすでに2016年には次の案件が生まれようとしているのだが、それに向けて世界各国で「失敗」をシェアし、そこから学ぶスタンスになっているかどうかが私個人としてはとても気になるところである。スキームの変化やファイナンスの仕組みの変化などが必要となる、などの共通理解ができていなくて、次の案件の設計を始めてしまって大丈夫なのだろうか? 

 Peterbourough一件だけの「失敗」であれば、誰も気にしないところだった。最初の一件だし、すべての最初のパイロットは失敗するのは当たり前、と言える。なにはともあれ、どんなに失敗しても、Peterbouroughは「とても勇敢なパイロットプログラムだった」と賞賛されている。なぜなら、一番最初にSIBについて法的な文書を整え、行政にとっても最初の仕事、そして投資家にとっても最初の仕事であるにもかかわらず、これらの言語の違うステークホルダーの要求を整理し、一つの契約文書にまとめていく作業は、本当に大変であり、その原型をまず作ったからだ。

 

続く アメリカ初SIB案件ライカー刑務所「引き上げ」決定

 NY市のライカー島刑務所でも同じようなSIBがパイロットされている。このSIBはPeterbouroughの後に続く、世界での第2号案件。こちらも、実は全く同じ「失敗」にぶち当たった。これは一週間前に私たちのところに届いたニュースだ。

http://www.bondbuyer.com/news/regionalnews/ny-city-officials-social-impact-bond-big-plus-1077971-1.html

 ここでも全く同じ結果が出てきており、「出所後戻ってきてしまう率」(この記事ではRecidivism)を10%下げることを目標としたインパクト評価を行おうとした。服役中の囚人たちに「社会的スキル、個人の責任や意思決定の仕方について介入プログラムを提供する」というパイロットであったが、こちらも10%を減らすことができなかった。そして、このパイロット案件は今年8月末に終了する見込みとなった。

 

アメリカでは「失敗」をポジティブに見直す 

  結局のところ、こちらも、「投資家目線」から見れば失敗、なので、パイロットも終了である。だが、実際に7月9日にソーシャル・インパクト・インベストメント・タスクフォースの会合のために、イギリスに集まったSIB推進関係者たちと話をしていると、行政やSocial Fianance UKのような推進側にとっては「Pay-For-Success」モデルを作ることができた、というポジティブな再評価をしており、検証のネタになった、という結論になっている。そして、さらなるこの「失敗」に関する手厳しい分析がImpact Alphaにも紹介され、ほぼスキャンダル扱いになっている。

 こちらにはさらに詳しく、Bloomberg市長の鳴り物入りで始まり、Goldman SachsとBloomberg財団が資金提供者としてついた案件として知られているが、実はそもそも事業者判定の段階から失敗やプランの変更があったことを明かしている。Bloombergのお気に入りであるSeedcoという会社が第三者評価機関となる予定であったが、Seedcoの他案件での虚偽報告が発覚して、ファイナンシングが決定する直前に評価機関およびプログラム実施事業者が変更された。実際はMDRCが事業実施主体となり、Vera Instituteがインパクト評価者となった。このような事業者と投資家の組み合わせの変更自体が、そもそも失敗の予兆だったのでは、ということが指摘されている。

 このライカー島刑務所の件は、SIB案件の中でも、投資家側のファイナンシングモデルが特殊だった。それはBloomberg財団がGoldman Sachsという投資家を一定程度守るために、投資額の75%を保証する、というモデルをとったからだ。そのため、今回は7.2milの投資のうち、6milをBloomberg財団がGoldman Sachsに支払い、17%のロスである1.2milの損失で済んだ、という構図だ。もしこれが4年目まで継続するとなると、契約上、Bloomberg財団の保証は7.2milにとどまり、Goldman Sachsのロスは25%である2.4milになっただろうと考えられ、それもあって3年目でこのプログラムは打ち切りとなっている。

 

「失敗」を貪欲にイノベーションにつなげる推進力と文化

 7月2日頃にこのニュースが広まり初めてから、最初は「失敗」を騒ぐ記事やニュースが多かったものの、数日たってからは冷静に「効果」を考え直す記事が出始めている。その中では、以下のような点が挙げられている。

  • 実際のところ10%という区切りにしていたが、8.4%の効果は出てきている。これが、契約時に8%や7.5%という目標設定だったら、どうなったのだろうか。それは誰にもわからない。ファイナンスのスキームや予測についての、もっとスマートな分析が必要になってきたことがわかった。

  • 結局、ニューヨーカーは一銭たりとも損をしていない。投資家たちが試したかったイノベーションを、自分たちで試しに投資してみて、うまくいかなかっただけであり、やはりSIBの美しい点は、この「市民は結果が出るまで払わなくていい」ということが証明された、ということだ。

  • 今回の刑務所に新しく導入して試験された介入プログラムは、結局全く効果がないということが判明した。もしこれが普通の税金で使われていたら、効果があろうがなかろうが続けられていたのに、効果がないとわかって即座に打ち切ることができたのはSIBのおかげだ。

  • 今回の刑務所に新しく導入された介入プログラムは、エヴィデンス・ベースのMoral Reconation Therapy (MRT)というアプローチで、今まで実際には試されたことがなかった。今回の件で、条件によっては機能しないことがわかったので、どういう条件が機能しないのかを分析するのによいデータが集まったはず。また、本来MRTは3ヶ月のプログラムだが、ライカー刑務所では数日しか参加できなかったりして、十分な効果を出せる条件になかったのだ、ということがわかった。テスト・パイロットという意味では成功している。

など。

  このアメリカにおける今回の件に関する反応は、壮大なる社会実験の一つとして、これを捉えることが必要だ、というおおらかな態度を教えてくれる。なぜならこれを一足飛びに「失敗」と呼ぶのは、あくまでキャピタリズムの論理に則って、「投資家が投資を回収できなかったから」失敗なのである。だが、これを社会イノベーションのために必要な段取りとして捉えれば、この失敗は必要だった。イノベーションや発見をするには、いくつもの失敗が必要で、その失敗がなければ、ブレークスルーを生み出すような成功や手法やツールは生まれない。そのような「イノベーション」を追求するがゆえの本質的な議論が、すぐに始まろうとしている点は見事だ。

 

SIBの本質は「社会イノベーション実験に投資する挑戦者」の余白を行政の中に作ること 

 ただ、今まで社会福祉の分野は、誰もその失敗に投資してくれないために、失敗を許されず、それが故に革新が起きてこなかった。社会の仕組みのイノベーションを生み出すために、勇気を出して革新を起こす。これは市民の税金を預かる行政にできないのであれば、投資家や篤志家が関わればいい。このような態度は実にアメリカ的なのかもしれない。そして、逆にBloombergは損をしたのではなく、社会の仕組みのイノベーションを起こすための最初のシードマネーを入れた人たちとして賞賛されるのである。

 すぐそこまで、日本のSIB成立が迫ってきている。日本財団のチームが案件形成を加速させており、横須賀市、尼崎市、福岡市の3案件の成立が見え始めている。日本のSIB案件も必ず最初は苦労する。必ず失敗もするだろう。その時に、失敗を隠したりせず、このアメリカ案件くらいまで素直に「失敗した!」と堂々と世界中に言えるようなステークホルダーたちの関わるプロジェクトになれるだろうか?そして、市民の税金を預かる行政にはできないようなイノベーションや大きな社会実験を、試してみる場になりうるだろうか?イノベーションを起こすための道筋が見えているデザインになっているだろうか?

 SIBの本質は、社会の仕組みをイノベーティブに変えられるようなアイデアや人に、投資家や篤志家が投資をし、それを最終的に行政が「アイデアを買う」かどうか、だと思う。アメリカはこのような本質を3年経っても忘れなかった。だから、「失敗」を讃えて、それをバネに次の道筋を描くことができている。

 今後の日本のSIB案件は、そのようなカルチャーをどう行政が残しつつ、どう「きちんと失敗」できるかにかかっているように思われる。そのくらい肝っ玉のある行政と市民と投資家と篤志家が集まることを強く期待する。そうでないと、イノベーションは起こらないのだから。

 

<参考資料記事>

http://payforsuccess.org/resources/results-released-rikers-island-pay-success-social-impact-bond

http://www.urban.org/urban-wire/putting-evidence-first-learning-rikers-island-social-impact-bond

http://www.huffingtonpost.com/james-anderson/what-we-learned-from-the-_1_b_7710272.html

http://www.bondbuyer.com/news/regionalnews/ny-city-officials-social-impact-bond-big-plus-1077971-1.html

http://www.urban.org/urban-wire/putting-evidence-first-learning-rikers-island-social-impact-bond

 

【後編】はこちらから!
 >>SIB特集:【後編】ソーシャルインパクトボンド2案件の「失敗」は、次へどう影響するか?

この記事の執筆者

槌屋 詩野Impact HUB Tokyo共同創業者Twitter:@shinokko
2012年よりインパクトを作り出す人たちの拠点「Impact HUB Tokyo」を設立。2013年より起業家育成プログラムを設計、海外のプログラムのローカライゼーション・アドバイザー、企業の社内起業家育成スキームの設計、また、企業ベンチャーフィランソロピー分野で投資アドバイザーとして活動。

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