12月1日、Facebookのマーク・ザッカーバーグが、妻プリシラが娘マックスを出産したことをFacebookの彼のタイムラインで公表した。さらに、「子どもの未来」を考える親としての立場として、様々なプロジェクトに資金提供をするChang Zuckerburg Initiative(チャン・ザッカーバーグ・イニシアティブ)を立ち上げたことも発表した。
日本では、「若いテック・スタートアップ創業者が親となり寄付をする」という新しいモデルとして話題になっている様子だが、本国アメリカではもう一歩進んだ議論の的となっている。
この「寄付モデル」を本当に「慈善事業」と呼んでいいのか?また、この「寄付モデル」は税金対策でしかない仕組みなのではないか?いや、やはりこのイニシアティブは新しいモデルで、これからの成功した創業者たちが社会に貢献するロールモデルだ!などなど。
日本のメディアではあまり取り上げられない、この賛否両論っぷりを、今回はダイジェストで紹介しよう。寄付の仕組みや法人形態の良し悪しが見えてきますよ。
まずは事実確認:ザッカーバーグは何をして話題になってるの?
12月1日にマーク・ザッカーバーグはFacebookで以下のような投稿をした。
また、このメッセージには「娘への手紙」というページに飛ぶようになっている。生まれてきた娘に対する手紙の形で、彼らは自分たちの思いを語り、世界に発信した。
参考URL:A Letter to our Daughter(「娘への手紙」)
ここでマーク・ザッカーバーグが立ち上げたのは、Chan Zuckerburg Intiativeという名前のLLC。非営利団体の法人格ではないことに着目しておいて欲しい。(後述する)
参考URL:Chan Zuckerburg Initiative
また、このメッセージに対して、Microsoftの創業者ビル・ゲイツの妻、メリンダが娘の誕生を祝福するメッセージとともに、彼らが先駆的に同じようなモデルで慈善事業に対して活動を行ってきた「ビル&メリンダ・ゲイツ財団(Bill and Melinda Gates Foundation)」の代表としても、共感の意思を返信の形で表明している。
31歳にして、世界中のフィランソロピストの仲間入り
もちろんのこと、この動きに対して賞賛の声は一気に立ち上がった。31歳という若さにして、ビルゲイツ、ロックフェラー、ウォーレン・バフェットのようなフィランソロピストと肩を並べたことが、「新しいロールモデル」だと騒がれる。
参考URL: 米ブルームバーグ紙 “Mark Zuckerberg Philanthropy Pledge Sets New Giving Standard”(「マーク・ザッカーバーグのフィランソロピー声明は新しい基準を作った」)
また、今回が初めてというわけではなく、マーク・ザッカーバーグは今までにも既に多々寄付をしてきたことも図解されている。
参考URL: ウォールストリートジャーナル「ザッカーバーグ夫妻が試みる慈善事業の新モデル」
また、彼は以前、ニューアークの学校の教育レベルをあげるための寄付をしたが、その時に寄付をするだけでは難しい、という経験が、今回の新しい仕組みに挑戦することを促したとも言われている。
マーク・ザッカーバーグはいきなりフィランソロピストに成り上がったわけではなく、多々の寄付の経験を元に、自分なりの方針やフィランソロピストとしての思想を蓄積してきた、というわけだ。
税金対策に本当になっているのか?
だが、批判派もいる。Jessie Eisingerは、New York Timesの中でこう語る。「マーク・ザッカーバーグは450億ドルを寄付してはいない。あなたは、そう聞いたかもしれないけど、それは間違ってる。何が起こったか説明しよう。マーク・ザッカーバーグは投資機関を作っただけである。」
この批判文がきっかけで、マーク・ザッカーバーグが寄付先として設立した新しい機関の法人形態がLLC(Limited Liability Company:有限責任会社*)であったことが、一躍話題の的となった。
参考URL: ニューヨークタイムズ紙「How Mark Zuckerberg’s Altruism Helps Himself」(「マークザッカーバーグの利他主義は自分のため」)
この記事は8日付で東洋経済オンラインにて日本語訳がアップロードされた。こちら
*ここでの「有限責任会社:LLC」は、アメリカの制度であり、日本の「合同会社」と多少異なるので要注意。LLCについてはWikipediaを参照していただきたい。
この記事の中で指摘があったのは、税対策の件。
今回の場合、LLCがマーク・ザッカーバーグから寄付として受け取るのは、Facebook株で、LLCがFacebook株を売って現金化した場合は、キャピタルゲインに対する課税を支払わなければならない。だが、現金化するまではキャピタルゲインに対する課税は払わなくて良い。
また、一方で、LLCがFacebook株を現金化し、現金化された金額を寄付する場合は、それは「寄付」になるので税制優遇を受けることになる。キャピタルゲインに対する課税に対して、寄付金による税金控除が発生し、税金が一定割合で相殺されるだろう、との見込みだ。
また、マーク・ザッカーバーグはFacebook株を株式の状態のままLLCから慈善事業に寄付するのではないかと予測しており、その場合は慈善事業先が現金化した際にキャピタルゲインに対する課税を払う。その際は、マーク・ザッカーバーグは、一切キャピタルゲインに対する課税を支払わずに株を移動できたことになる。
「生涯、税金を一切払わない可能性」に批判が集まる
また、Says.comの中で指摘されているのは、「さらにマーク・ザッカーバーグは、キャピタルゲインに対する課税を払わないで済むだけでなく、LLCに移すことで彼の死後もこのLLCが存続すれば、子孫は税金を払わずに済む」という点だ。
参考URL: What No One Is Telling You About Mark Zuckerberg Donating 99% Of His Fortune To “Charity”(なぜ誰もマークザッカーバーグが資産の99%を『慈善事業』に寄付する、と言わないのか?)
マーク・ザッカーバーグは、Facebook株をLLCに少しずつ「寄付」することによって、税制優遇を受けられる。彼はFacebook株以外の収入もあるだろうから(Facebookからの給与やその他の収入源だ)、毎年のFacebook株以外の収益に税金はかかっているはずだが、この税制優遇で相殺することができる。
そうするとマーク・ザッカーバーグは、LLCを通じても、未来永劫子孫に至るまで、税金を払わなくていい仕組みになるのではないか、というのが、これらの批判だ。「この税制の仕組みはマーク・ザッカーバーグが作ったわけではないから、彼を責められないけど」と記載している。
だが、フィランソロピストたちの中には、この批判が的外れだと考える人たちは多い。「税金を納めて非効率な官僚組織となっている政府や行政に、次世代や社会福祉への再分配を託すのではなく、自分たちでもっとも効率的に自己責任を伴って投資という形で再分配をしていく。それのどこが悪い?」そういう考え方の表れのようだ。
LLC寄付モデルは、本当に「寄付」なのか?
マーク・ザッカーバーグが妻の苗字と繋げて命名し、創設した「Chang Zuckerburg Initiative」は、「Foundation(財団)」ではなく「LLC」の法人形態だ。なぜ、この夫妻がLLCの形態を選んだかが話題になっている。この「LLCであること」についてのポイントを整理しよう。
- LLCのガバナンスは、Foundationなどの法人形態と異なり公開義務がなく不透明である。
- LLCの法人形態であれば、ロビー活動や政治献金にも資金を振り分けることができる。Foundationの法人形態はアメリカでは「501(c)(3)」と呼ばれるが、この場合はロビー活動などに資金提供する箱として使われることがない。マーク・ザッカーバーグ夫妻はすでにニューアークの公立校への寄付や移民法に関してロビー団体FWD.usに献金をしてきているが、こうした政治や行政に関わる問題に関して、フレキシブルに取り組むことができ、制約が一切なくなる。
- For-profit(営利)の組織であり、収益をあげてよい。そのため、投資、ジョイントベンチャーなどへ自由に資金を提供できるようになる。また、アメリカのFoundationの法人には「5%ルール」なるものが規定されており、必ず5%以上は寄付をしなければならない。だが、LLCであればそのような規定から外れることが可能だ。
参考URL: ブルームバーグ紙「Four Reasons the Facebook Fortune Is Going Into an LLC」(Facebookの資産がLLCへ行く4つの理由)
アメリカでは、LLCを選択したことでこれが純粋な定義の「寄付」でないのにもかかわらず、それをマーク・ザッカーバーグ自身が「寄付」と表現したことに、最初に批判が上がった。
参考URL:Business Newline「Facebook創業者のマーク・ザッカーバーグ氏、保有株式の99%寄付は「嘘」で異例の釈明」
だが、その批判に対しても批判が上がった。そもそも自分で稼いだ資金をどう投資に使おうが勝手だ、という声だ。「寄付」かどうかで批判をするのはナンセンスである。「寄付」だから「善い」や「公益に資する」わけではない。
「寄付」じゃなくて何が悪い?eBay、Facebook世代感覚
また、実はLLC寄付モデルは決して新しくない。このImpact Compassでもご紹介した、eBayの創設者が作ったOmidyar Networkがすでにその前例を作っている。eBay創設者のピエール・オミダイヤも投資をする機関を作り、自分たちが考える「社会性」や「インパクト」に対して投資をしてきた。「ベンチャー・フィランソロピー」と呼ばれる分野だ。
参考URL: ハーバード・ビジネス・レビュー「Why Mark Zuckerberg and Priscilla Chan Should Use Their Money for Fundraising(なぜ、マーク・ザッカーバーグとプリシラ・チャンが彼らの資金をファンドレイズに使うのか)
このモデルがもっとも効率的と言われるゆえんは、支援したい事業の性質や関係性によって、投資が一番適している場合は投資を、寄付が一番適している場合は寄付を、使い分けることができる点だ。
この寄付ではない投資モデルが最初にピエール・オミダイヤによって作られた当初、フィランソロピストたちはどう理解していいかわからず頭を抱えた。だが、Facebookのマーク・ザッカーバーグにしろ、eBayのオミダイヤにしろ、これは新しいフィランソロピーのジェネレーションだ。オミダイヤの名前から「オミダイヤリズム(Omidyarism)」と呼ぶ人もいる。
求められるのは新世代の構造と新世代のフィランソロピー専門家たち
オミダイヤリズムの価値をわかり、共有できる人たちは、どうやら「新世代」のようだ。今だに、Forbes紙に「私だったら450億ドルのギフトをこう使う」というような記事が出るのを見ると、古い世代の価値観でマーク・ザッカーバーグを枠にはめようとしている。
また、いくつかのフィランソロピー事情に詳しい人たちがソーシャルメディアに投稿している内容をみてみると、この分野には古い考えのコンサルタントたちが背景で動き回っているようだ。従来型の財団や寄付の仕組みを後ろで支えてきた、古いフィランソロピー・コンサルタント達が、この業界を仕切っている。
それゆえに、今回のザッカーバーグの動きも、「思ったより、新しいモデルでもなんでもない」という批判がある。結局、LLCモデルにトライはしたが、しがらみや従来の観念と決別できず、本当に効率的な社会的投資を求めた勇気ある動きにはなっていない、という。見る立場を変えれば、批判は様々、期待も千差万別、ということだろうか。
「税金払うより、公的事業に投資」という地殻変動
そもそも、なぜLLCで「投資」なのだろう?ザッカーバーグがここ数年で学んできたことを追いかけてみると、なぜその選択をしたのかがわかってくる。最初からザッカーバーグは教育に熱心だった。例えば、前述した2010年のニューアークの学校への寄付は、地域を巻き込むことができずに大失敗に終わった。
その後、彼は「寄付」ではなく、「投資」スタイルを模索したようだ。2015年春に、サンフランシスコ地域の学校スータトアップ「Alt School」へ投資したのだ。この「Alt School」は、オミダイヤ・ネットワークも、そのほかのシリコンバレーのベンチャーキャピタルが投資している。
公的とおもわれがちな「学校事業」は補助金や寄付の対象としてみられがちだ。だが、オミダイヤやザッカーバーグの世代はこうした公的事業もスタートアップとして見つめ直し、税金という制度や行政・公的機関を挟まずに、直接、自分たちのお金を資金投下することに挑戦している。
新しいオミダイヤリズム世代が誕生しつつある。公的事業や社会的事業をする起業家にとって、これはダイナミックな地殻変動であることに、我々は早く気づいた方がいい。投資を受け取り、事業をする人たちの質も構造も全て変わってくるのだから。
そして投資家たちもこの地殻変動に気づくべきだ。すでにアメリカでは、いくつもの投資や寄付の実践を行いながら、ザッカーバーグのように学んだことを行動に移す人たちが存在しはじめているのだから。
(冒頭写真:Facebookより抜粋)
この記事の執筆者
- Twitter:@shinokko
- 2012年よりインパクトを作り出す人たちの拠点「Impact HUB Tokyo」を設立。2013年より起業家育成プログラムを設計、海外のプログラムのローカライゼーション・アドバイザー、企業の社内起業家育成スキームの設計、また、企業ベンチャーフィランソロピー分野で投資アドバイザーとして活動。
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