「私たちは売却も上場もしない。」Kickstarter(キックスターター)の創業者、ヤンシー・ストリックラー(Yancer Strickler)の言葉だ。世界のクラウドファンディングのムーブメントを牽引し続けるKickstarter。
多くのスタートアップが上場を目指す中で、なぜKickstarterは上場を目指さないのか?創業者への貴重なインタビューを掲載したThe New York Timesの記事を紹介していきたい。
(元記事はこちら:http://www.nytimes.com/2015/09/21/technology/kickstarters-altruistic-vision-profits-as-the-means-not-the-mission.html?_r=2)
Kickstarterの躍進
Kickstarterは創業2009年。世界を席巻するクラウドファンディングのムーブメントを牽引し続ける存在として知られる。2014年、Kickstarterに参加した人は年間330万人。成立したプロジェクトの数は、22,252個。年間5億ドル(約600億円)のマイクロファンディングを達成、実に毎分1,000ドル(12万円)がファンディングされる計算だ。
会社としてのKickstarterも成長を遂げ、過去3年間は安定して年間黒字を確保。毎年、500万ドルから1000万ドル(約6億円から12億円)の利益を挙げている。
「Benefit Corporation」という選択
今やクラウドファンディングの代名詞である同社は、その気になれば上場や売却をして多額の金額を手にすることもできただろう。しかしKickstarterは代わりに、Benefit Corporation(ベネフィット・コーポレーション)という別の道を選択した。
Benefit Corporationというアメリカの法人格を取得する会社は、ミッション志向の経営をする旨を会社の定款へ明記すること、及びソーシャルインパクトレポートの提出が制度として義務付けられることとなる。
またKickstarterは、ベネフィット・コーポレーションとなるだけでなく、B Labが展開する、「B Coporation」の認証も2014年に取得している。結果、社会的環境的インパクトの基準を満たして、株主に毎年報告を行っている。(B LabとB Corpについて知りたい方は、この記事を参照。)
上場を目的としないスタートアップ
Kickstarterは、「クラウドファンディングを通して、様々なプロジェクトのファンディングを後押しするというミッション、DNAを制度として会社に組み込んだ」と言えるだろう。
このような試みは、昨今のテックスタートアップの潮流とは、180度逆の方向性であると言えるだろう。UberやAirBnB、Dropboxのようなスタートアップが、何十億ドルという金額をVCから調達していることと比べると対象的だ。
Kickstarterへの投資家の眼差し
なぜ、そのような道を歩むことが可能となるのか?気になるのは、引き続き営利の法人格を有する、Kickstarterに出資をしている投資家との関係である。
Kickstarterはこれまでに約1500万ドル(約18億円)を調達している。彼らに資金を出す投資家の顔ぶれは、ツイッターやスクエアの創業者であるジャック・ドロシー、 VCのユニオン・スクエア・ベンチャーズ、前グーグル役員のクリス・サッカなどだ。
上場・売却を前提としない投資の場合、投資家にとっての恩恵が少なく、起業家と投資家との間で衝突が起こりかねない。しかし、短期的なリターンを要求しない寛容な投資家とのコミュニケーションが、これまでのKickstarterの堅実な事業展開につながっていると言える。
投資家の一人であるクリス・サッカからも、「上場や売却とは違った方法で投資家がリターンを見る方法があると信じている。」との発言が聞かれる。投資家もまた、Kickstarterと共に「ミッション志向」の組織のあり方を探る旅をしていると言えるだろう。そうした投資家の姿勢に応えて、Kickstarterも来年度から配当を予定している。
まとめ
いかがだっただろうか? クラウドファンディングという新しい試みを世の中に問うてきたKickstarter。今度は「組織の在り方」そのものの未来を示そうとしているように私には感じられる。
日本でも経済産業省や社会的インパクト投資タスクフォースを中心に、新しい法人格の制度設計の動きが加速している。アメリカにBenefit Corporationが存在しているように、制度設計の動きが必要であり、日本でも今後加速していくことが期待される。
Kickstarterが示す「上場を目指さないオルタナティブなスタートアップ」。私たちも、それぞれの組織が目指す未来を思い悩む中で、実践を示していくことが求められていると言えるのではないだろうか。
(冒頭写真:Photo by TechCrunch)
この記事の執筆者
- Impact HUB Tokyo Investor Relations担当。慶應義塾大学を卒業後、大和証券株式会社にて個人投資家向け営業を担当。2013年にはImpact HUB Tokyoを通じてSOCAPに参加。社会的投資の分野に深い関心を持ち、2014年には国際協力NPO/Acumenの大阪支部であるOsaka+Acumenの立ち上げを主導。2014年末に大和証券を退職後、2015年2月よりImpact HUB Tokyoに参画。SOCAP Japan Teamプロジェクトをリードしている。
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