このところ「働き方」は、日本でも変わってきて一大産業となった。「働き方」を研究する人たちが増えてきたし、それだけで立派なカンファレンスが成立し、企業や組織の大きさに関わらず、皆自分たちの組織や文化に最も適した「働き方」を模索する自由を得ている。
「ノマド・ワーク」。この言葉は「働き方」変容に大きな波をもたらし、あらゆる場所でリモートで、携帯とPCだけで働ける時代がきた時に、それらは「組織とは何か」「チームとは何か」そして「仕事とは何か」という本質的な問いを突きつけてきた。
(参考URL: 働き方と空間などでは Worksightが有名。また、「ワークシフト」(著者:リンダ・グラットン)の提唱から、新しい働き方研究が多々開発されている。)
業務を複数人で分けて分担するような、ワークシェアの仕組みが多々取り込まれるようになり、育児や介護で時短で働きたい人や副業を持つ人たちにも、広く門戸が開かれるようになったのも、実はこの5年〜10年以内の話だ。
ギグ、セッションのように働く=ギグ・エコノミー
その中で、昨今「ギグ・エコノミー(Gig Economy)」という単語が聞かれるようになった。「クラシックのオーケストラ」のように組織化された働き方ではなく、「ジャズやロックのギグ」のように必要に応じて集まり、それぞれが自分の役割を奏でる、という考え方からきている。「あなたの仕事はクラシック?それともジャズ?」なんて形で比較されるようにもなりつつある。
参考URL:The Rise of Gig Economy
http://dollarsandsense.org/archives/2014/0314friedman.html
(私の調べでは、この文献が一番最初に、「Gig Economy」について言及した文献のようだが、他にもあるかもしれない。)
Etsyで自分のクラフトを売ることや、 古着アプリで自分の服を売ることや、Uberを使って交通手段を提供して対価を得るとか、自分の家の一部屋をAirbnbに乗せて客商売をするとか、日本ならココナラやビザスクでアドバイスやスキルをシェアして対価を得るとか、ランサーズに登録するとか。個人がさまざまな「ちょっとした仕事」で「それなりのお金」を稼ぐことが容易になってきた。それがこのギグ・エコノミーの正体だ。
フリーランスやフリーエージェント的な働き方と、どう違うの?という疑問もでてくるだろう。私の感覚では、現段階で世界中に見られる言論の中では、くっきりとした境界線はまだなく、むしろそれらも全部包含するさらなる上位概念として、新しく生まれてきたように思う。そして、シェアエコノミーのサービスで生計を立てる人たちが現れた、というのが大きな違いかもしれない。
海外の情報紙やジャーナルではすでに今年に入ってから「ギグ・エコノミー」に関する記事が多発しているが、日本ではなかなかまだメディアの目に届いていない様子。Impact Compassでは、この「ギグ・エコノミー」の様々な側面の情報を紹介していきたい。
(参考URL: 英エコノミスト紙のオンラインジャーナルでも話題に。
Does the gig economy revolutionise the world of work, or is it a storm in a teacup?
http://www.economist.com/blogs/freeexchange/2015/10/gig-economy )
シェアエコノミーが働き方を変える
シェアエコノミーの隆盛は、世界規模での「起業家精神(アントレプレナーシップ)」の高揚と時期が重なっている。偶然ではなく世界中で「起業家」への目線が見直され始めた時に、時期を同じくして、小さな起業(日本では「プチ起業」とでも言おうか?)を支える形でのシェアエコノミーが台頭した。
では、シェアエコノミーが個人に事業や商売をする自由を与えたということは、自営業で働く人や起業家が増えたということだろうか?
いやいや、実はデータ的には「自営業やフリーランサー」が増えているわけではない様子。また、正社員として働いている人たちこそ、「ちょっとした仕事」を会社外でしやすくなった人たちではないか?と主張する人たちもいる。データからははっきりしていない。
実際のところ、アメリカでは、本当にこのシェアエコノミーによって稼ぎを増やしている人たちの実態は、まだ分かっていない。だが、自営業(Self-employed)よりも、さらに細かく収入源を複数持つ状況が発生しているのは事実だ。
(参考URL:
アメリカでは新しい仕事の30%が「ギグ・エコノミー」からくるもの、というデータも。
Study: Gig Economy Puts Two Million Americans To Work, Accounts For 30 Percent Of New Jobs
一方で、ウォール・ストリート・ジャーナルでは、「なぜ自営業がこんなに少ない?」と問題提起。
An Enduring Mystery of the ‘Gig Economy’: Why Are So Few People Self-Employed? )
「契約がないと働けない」時代ではなくなった
シェアエコノミーの筆頭であるUberやLyftなどがもたらした「労働形態」は、中央組織と契約をするタクシー会社方式ではなく、瞬時にピア・トゥー・ピアで、消費者と役務提供者が契約を交わして仕事が始まる、という形だ。
個々人が、個々人の消費者と、瞬時に契約を結ぶことが可能になったことで、結果として労働形態を完全に変えることになったのだ。このピア・トゥー・ピアの契約が無数に発生することこそ、シェアエコノミーの本質であり、それをいかに管理・担保するかがシェアエコノミーのサービスの質を決める核となる。
(この現象はすでにBitcoinの流れの中で発生していており、ブロックチェーンという技術へと昇華していた。この件についてはまた後日記載しよう。)
消費者と労働者の距離が近づいた
さらに、シェアエコノミーの時代において、UberやLyftに限らず、私たちが体感的に経験していることがある。それは「消費者が、サービスを提供する側にすでに参加している」ものが増えてきた、ということだ。
以前は、消費者とサービス提供者の間には、硬直的な関係があった。二つは必ずくっきりと区切られており、お互いの領域を出ることはなかったと思う。だが、今の時代は、ユーザーの声を反映し、ユーザーを参画させ、ユーザーの経験を最大化させるためのことをあらゆる手を尽くして行うことが、なによりも質の高いマーケティングになりつつある。つまり、消費者がサービスを作るところから参画する。バリューチェーンに出たり入ったりするのだ。
UberとLyft、Airbnbに現れているのは、まさにその点だ。ユーザーは、消費者でもあり、サービス提供者でもある。その両方を自由自在に往来する。労働者は労働者と自分たちを呼べなくなり、どの権利をどう守るかもわからなくなる。
問題は、法務・労務の未整理
だが、結局「ギグ・エコノミー」も、「そんな風に自由に働けたら面白いよね」というユートピアなのではないか、という声も聞く。今年後半になってからは、懐疑的な意見が多く聞かれるようになっている。特にそれらの批判の骨子は、「これは新しい搾取だ」というものだ。
(参考URL:
英国Guardian紙では多々ギグ・エコノミーの記事があり、新たな搾取かもしれない、という懐疑的な態度を見せている。
http://www.theguardian.com/commentisfree/2014/jul/23/gig-economy-silicon-valley-taskrabbit-workers
http://www.theguardian.com/commentisfree/2015/jul/26/will-we-get-by-gig-economy
その大きな理由は、法的にギグ・エコノミーの中にいる労働者が守られていないこと。また、ギグ・エコノミーの台頭によって、社会保障制度から外れる人たちが多数出てくるであろう、ということだ。実際にそのような既存の社会の法的仕組みから外れる人たちが、多々生まれている。
また、様々なシェアエコノミーサービスから収入を得ているが、実は割にあっていないのではないか、という声も聞かれ始めている。
例えば、この記事で紹介されている人は、Task Rabbit、Postmates、 Airbnbなどのサービスで稼ぐ「マイクロ・アントレプレナー(日本でいうプチ起業だろうか?)」になったけれども、結局わかったのは、かなりハードな労働の割に、換算してみると低い賃金だった、ということだ。
(参考URL:
ニューヨークタイムズでも、「シェアエコノミー下の労働者は自由と不確実性を共に手に入れる」とその両面を記載。
In the Sharing Economy, Workers Find Both Freedom and Uncertainty
http://www.nytimes.com/2014/08/17/technology/in-the-sharing-economy-workers-find-both-freedom-and-uncertainty.html)
「ギグ・エコノミー」を追う
今後、Impact Compassでは、ギグ・エコノミーに関して出てくるいくつかの課題や問題点について定期的に特集していく予定だ。今回の記事では到底カバーしきれない、様々な話題が沸騰中のテーマなのだ。労務、社会契約、消費者と労働者の距離、サービスのあり方、シェアエコノミーが生む次なる社会制度・・・。
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(冒頭写真:Photo by Pascal Subtil)
この記事の執筆者
- Twitter:@shinokko
- 2012年よりインパクトを作り出す人たちの拠点「Impact HUB Tokyo」を設立。2013年より起業家育成プログラムを設計、海外のプログラムのローカライゼーション・アドバイザー、企業の社内起業家育成スキームの設計、また、企業ベンチャーフィランソロピー分野で投資アドバイザーとして活動。
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