起業家が必ず直面する厳しい現実と、燃え尽きを防ぐための4つの方法

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  私たちは起業を美化しすぎている。最近の起業家ムーブメントのおかげで、こぞって様々な中間支援機関が起業家たちを量産しようとし、VCが支援するインキュベーションやアクセレレーター、アワードなども多々発生している。「起業家になる夢を売る」組織が増え、その夢は輝かしく、あっという間に伝播する。

 社会的起業家やスタートアップの苦労を多々見てきた筆者としては、何か釈然としない思いがある。「これがノーマルな状態とかんがえていいのだろうか?このまま突き進んでいいのだろうか?」10月には、社会起業家のバーンアウトについて、コモンズ投信のイベントでもその違和感を話したばかりだ。

 そこで、今回は、2014年に出会った一つの記事を、ご紹介したい。この記事は最終的にジャーナリスト・アワードを受賞することとなり、一躍、「起業家」にまつわる裏側の話を表舞台に出すことに貢献した。その題は「The Psychological Price of Entrepreneurship(起業家の心理的な代償)」。まさに空前のミレニアル世代&起業家ブームにおいて、その裏側で実際に起きていることがいかに残酷かを暴いた記事だ。

 記事はこう始まる。「だれも会社を立てることが簡単だとはいわなかった。だが、もう正直になる時かもしれない。いかに会社をたてるということが残酷であるかということを。そして、どれだけ多くのファウンダーたちが、密かにその代償を支払っているかということを。」

不安と絶望のトラウマ期間

 2008年に起業した元金融機関の実在のCEOを例に、いかに起業家たちが知らないうちに精神的に追い込まれるかを詳細に記載している。2008年はきしくも、金融危機が起こった年。多くの金融機関で働いていた高収入だった人たちが起業を迫られた。そこで犠牲を払うことになった人たちの一例である。

 本当に収入が入ってくるようになるまでの8ヶ月、自分の財産を少しずつ切り売りしながら食いつないでいく。生活水準を一気に落とす必要があり、家族の関係も難しくなる。ちょうど年齢的にも結婚し、子どもが生まれる、または生まれたばかりというタイミングが重なる。眠れない夜が続き、金欠と睡眠不足がさらに追い打ちをかけ、究極のプレッシャーの状況が8ヶ月続く。

 マーク・ザッカーバーグにイーロン・マスク。起業家像はきらびやかだ。急成長するスタートアップを賞賛するメディアや外部の人々。だが、ほとんどの起業家たちは、大きく成功する前に、もうすべてが全くボロボロになったように見えるような、不安と絶望の、トラウマになりそうな数ヶ月を過ごしている。長い人では何年も。

絶対に人前で言ってはいけない「起業家のタブー」

 つい最近になるまで、このような「裏側」は隠すべきだという社会的な風潮があった。「成功するまでは、嘘をついて誤魔化せ、っていうよね」と、とあるCEOは語った。

 「それはライオンに乗っているようなもんだ。周りの人は『こいつはすごい!勇気があるな!』というんだ。でも、ライオンに乗ってる本人はこう考える。あれ、いつから自分はライオンに乗ることになっちゃったんだっけな?それから、一体いつまで、このライオンに食われないでいられるか・・・。」

 この「ライオン乗り」の状態を続けることは、精神的にダメージを受け、様々な精神的疾患として後遺症になる人もいるし、また、その悪化サイクルから出られなくなり、自殺を図る人もでてきている。

 アメリカのスタートアップ・コミュニティでは、2012年に22歳の起業家が自殺をし、2014年にも47歳の起業家が自殺をしたことがショックを与え、それ以降「起業家の自殺」については他人事ではない雰囲気が漂っている。

起業家はもともと素質を持つ

 起業の4分の3は失敗する。特に最初の起業は失敗しやすい。だが、若い起業家は失敗というワーストシナリオを考えることが難しい。たくさんの帽子を用意していろいろな場面に対応することを求められ、それと同時に金銭的に自分や社員を雇えるかを考え続けなければならない。そのプレッシャーは高く、その時期にトラウマティックな事件が起きてしまうことはしょっちゅうある。

 また、若い起業家は特に自分の健康をかえりみないことが多い。食べ過ぎ、食べなさすぎ、睡眠不足、運動不足。日本でも、「起業家は24時間働けますか、の状態でないといけない」と考え、「そうでないと投資家に申し訳ない」と考えがちになる若い起業家は多い。また、実際そういう状況へと追い立てる悪質な投資家もいるのが現実だ。

 一方で、皮肉なことに、精神的に不安定になりがちな人ほど、起業家になりやすい。起業家の精神状態について調査をしているリサーチャーたちが最近解明したのは、起業家になる人たちの多くはなんらかの強迫観念を持ちやすい性質にある、ということだ。一方で、それが起業家の強さも作っている。コインの裏表である。

成功していた人ほど打撃も大きい

 逆に、熟年起業家も気をつけたほうがいい。10年事業を走らせてきて、いきなり時代の流れが変わり、売り上げがなくなった時は同じ状態に陥るだろう。特に成功の味を経験している人ほど、自分に対するセルフイメージが強く、自分の弱さを受け入れられなくなってしまう。

 10年以上の事業がいきなり売上が伸び悩み、引きこもりになってしまったとある起業家は、その後、引きこもりの状態のまま事業を作り続け、また再び復活した。彼は振り返ってこう言う。「昔は、『仕事が自分だ』って感じだった。そしたら失敗した。今は、子どもはまだ自分を愛してくれる、妻も愛してくれる、そして犬も愛してくれる。それだけがわかったんだ。」

代償を最小限に抑えるための4項目

 オリジナル記事では、そうした代償を払わないですむように、いくつかのアドバイスを示唆している。1つ目は、起業家は、感情の負のスパイラルに陥らないように、自覚的に自分をコントロールすることができる、ということを知った方がいいということだ。最近は人間の感情に関するリサーチも進んできたことが、後押ししている。

 また、金銭的なリスクは精神的な蝕みに大きく影響する。2つ目としては、金銭的なリスクを最小限に抑え、自分をそうしたリスクに晒さないようにすることも必要だ。起業家は盲目的になり、ついついリスクを過小評価してしまう。それが後々、お金と自分の精神の、身動きできない状況を作り出してしまう。

 そして、3つ目は、「失敗」と「成功」に関して、自分なりの再定義をすることだ。自分に「自分は負け犬だ」と言い続けるよりも、「挑戦しなければ意味がない、学んだことは何か」と問い直してみることも必要だ。最近は、Fail Con(フェイル・コン)や、Fuck Up Nightのようにイベントやミートアップで、その失敗を笑いと学びと共に消化していこうという動きもある。

参考URL: Fuck Up Night Tokyo: https://fuckupnightstokyo.doorkeeper.jp

 また、最後の4つ目。これが一番難しいだろう。自分の感情を隠さないで素直に表現すること。たとえ、それが社員の前でも、オフィスでも、だ。相手に気を遣ったり、自分をさらけ出すのが怖くて、自分の感情を押し込めることをしがちだが、それによって他の人との繋がりは薄くなる。だが、本当は、深く他の人とつながることが、もっとも精神的リスクを低くしてくれるのだ。

自分の弱さをオープンにして

 「自分の脆弱性を受け止め、他者に公開する」これは起業家たちが最もしたがらないことだ。これより居心地の悪いことはないだろう。自分のコンフォート・ゾーンを出る話だからだ。ましてや自分が雇っている社員に見せるなんて、絶対できない。そう思う人も多いだろう。

 「自分について否定していたり自分が何をやっているかについて否定している時、周りの人はそれがよく見えているものです。実は、喜んで脆弱になることこそ、もっとも力強いリーダーシップの一つなのです。」

 脆弱性についても、心理的な研究側の成果がようやく追いついてきたところだ。TED Talkでとある研究者は自己の脆弱さについて認識することの科学が語っているし、逆にその脆弱さが持つパワフルな効果を語っている。

参考URL: 「ブレネー・ブラウン:傷つく心の力」:
 http://www.ted.com/talks/brene_brown_on_vulnerability?language=ja

科学的な根拠をもとに自分のためのエコシステムをつくろう

 前のキャリアで成功を収めた人ほど、自分の心に従った道を歩み起業という選択肢をとった途端、うつや絶望や不安の形は大きくなる。筆者自身も不安に長時間さらされたことがきっかけで身体の健康に支障をきたしたし、自身の行うアクセレレーターで50名近くの起業家たちを観察しながら、そのような状態に至る人たちを見て、できる限りサポートしてきた。

 ほとんどの人が、今まで生きてきた中で、他者の期待を背負うことに喜びを感じ、他者から「どうみられたいか」という考えが大きなウェイトを占めるように、思考回路が出来上がっている。だが、起業プロセスは、そうした前の人生で身につけてしまった思考回路やパターンを抜け出すことで、次の道が開けることが多い。

 近年、マインドの科学と起業家精神の科学に関する社会科学的な研究が一気に進み、このような問題に論理的に解決できる手法が提示されるようになってきた。コワーキングスペースや起業家のコミュニティなども、自分の周辺のエコシステムを整える、という意味で解決の手法の一つだ。

 石橋を叩いて壊れるか確かめてから渡る必要はないが、石橋が何でできているかを科学的に知り、それから渡ることはできるはずだ。助けをわざわざ求めなくてもいいから、人との繋がりを濃くしておこう。そうすれば、知らず知らず自分が代償を払う状態にならないよう、自分を律して環境を整えリスクを分析することが、比較的やりやすいだろう。

(冒頭写真: Photo by Jenny Ondioline

この記事の執筆者

槌屋 詩野Impact HUB Tokyo共同創業者Twitter:@shinokko
2012年よりインパクトを作り出す人たちの拠点「Impact HUB Tokyo」を設立。2013年より起業家育成プログラムを設計、海外のプログラムのローカライゼーション・アドバイザー、企業の社内起業家育成スキームの設計、また、企業ベンチャーフィランソロピー分野で投資アドバイザーとして活動。

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